【食育クイズ:Vol.1351】
本日も、「関西地方(三重県、滋賀県、
和歌山県、奈良県、兵庫県、京都府、
大阪府)」の「食文化」や「郷土文化」
をテーマとした地域社会の在り方や、
昔から先人たちが培ってきた、「文化」、
「伝統」、「歴史」等の素晴らしさを、
クイズを楽しみながら知見を高め、あ
らためて「日本」や「日本人」が培っ
てきた「良きところ」を共有化し、次
代に継承して参りましょう!
さて、本日は、「京都府」の「第77代、
後白河法王」にまつわる「熊野詣」につ
いて、おさらいクイズ(Vol.554)にチ
ャレンジ致しましょう!
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-225ーkumanomoude-11.jpg)
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「平安時代後期」の1107年、「第74
代、鳥羽天皇」は、父親であった「第
73代、堀川天皇」が亡くなってしまっ
た為、「祖父」である「第72代、白河
法王」に引き取られ、「白河法皇」が
「治天の君」となり、僅か5歳で「第
74代、鳥羽天皇」として、「即位」し
たと言う経緯で天皇になったそうです。
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その後時が流れ、「1123年」になった
時、「鳥羽天皇」は「第一皇子」に譲位
し、「第75代、崇徳天皇」として即位
させ、自らは「上皇」となったそうです
が、その後「祖父」である「白河法皇」
が崩御すると、「院政」を引き継ぎ「治
天の君」になったそうです。
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更にその後1142年には、「崇徳天皇」
を譲位させ、「その第9皇子」を、僅か
3歳で即位させ「第76代、近衛天皇」
としたのですが、「近衛天皇」が早世し
てしまった為に、「第4皇子」を「第
77代、後白河天皇」として即位させる
に至ったそうで、以降「後白河天皇」の
30余年に渡る「王朝政治」が始まった
と言う事になるのです。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-225 77代後白河法皇11-1.jpg)
その後1156年に、父親の「鳥羽法王」
が崩御すると、「前帝」で「後白河天皇」
の兄である「崇徳上皇」が、自身の「皇
子」を「皇位」につけて「治天の君」と
なり、「院政」をしたいと目論んで、「後
白河天皇」の追い落としを企てるに至っ
たそうで、こうして「後白河天皇」と
「崇徳上皇、皇子」との「皇位継承」を
めぐる、「武力衝突(保元の乱)」が起こ
ってしまった訳なのだそうです。
この「武力衝突」の結果は、武力に優れ
た「平清盛」と「源義朝」との「源平の
武士」を擁していた「後白河天皇」が勝
利するに至ったそうで、「崇徳上皇」は
配流されたそうです。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-180平清盛.jpg)
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-源義朝-284x300.jpg)
ところが翌年になると、今度は「後白河
天皇」が頼りにしていた「平清盛」と
「源義朝」とが争う「平治の乱」が勃発
してしまい、その結果「源氏側」が敗北
し、以降「平家」の全盛期へと発展して
しまうに至った訳なのです。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-225平清盛-1.jpg)
こうして「皇位継承時」から激動の運命
となってしまった「後白河天皇」は、在
位3年目となった時の1158年に、「第
一皇子」を「第78代、二条天皇」とし
て即位させ、自らは「上皇」となって、
いよいよ「院政」を執り行うに至ったそ
うです。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-78代、二条天皇.jpg)
このように、「第74代、鳥羽上皇」の
「第4皇子」だった「後白河法皇」は、
「天皇」になるや否や、「第1皇子」だ
った「崇徳上皇」との「院政争い」に巻
き込まれ、更にその政争が終了するや否
や、今度は信頼していた「源平の武士」
同士での争いに巻き込まれ、その内乱に
勝利した「平清盛」が自身よりも強大な
権力を持つようになってしまうと言う
「命運」を背負ってしまった訳なのです
が、それからの「後白河天皇」は、「第
78代、二条天皇」、→「第79代、六条
天皇」→「第80代、高倉天皇」→「第
81代、安徳天皇」→「第82代、後鳥
羽天皇」と言う「5代、34年」に及ぶ
「歴代天皇」の「治天の君」として「院
政」を執り行い、その間に、「平家」の
「隆盛から滅亡」までの歴史に深く関わ
ったと言う、「平安時代の終焉」の中心
的役割を果たした「天皇」であった訳な
のです。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-78代、二条天皇.jpg)
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-第79代、6条天皇.png)
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-300後鳥羽天皇11.jpg)
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![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-300後鳥羽天皇11.jpg)
「1159年」の「平治の乱」の勝利によ
って、「後白河上皇」よりも強大な権力
を掌中に納めた「平清盛」は、「院政」
の円滑な政務を執り行いたいと思う「上
皇」にとって、「厄介な存在」になって
しまった訳であり、「上皇」はこの翌年
から、「武士の台頭」の抑制と「朝廷政
権の存続」を願い、敢えて往復に1ヶ
月も要する「熊野三山詣」を何度も繰り
返すに至ったそうで、以来34年の政治
人生の中で34回も「熊野詣」をするに
至った事で知られています。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300熊野三山2.jpg)
当時の「熊野三山」は、「平安時代後期」
になると「末法思想」が日本中に広がっ
た事もあって、「来世」に救いを求める
と言う「浄土教、阿弥陀信仰」が強まっ
た時代となった訳であり、「熊野三山」
は「極楽浄土の地」と見なされるように
なっていたそうです。
更に「熊野の地」は、「紀伊山地」を挟
んだ「吉野」と共に、「皇室」の「祖先
神話」ゆかりの地でもあった事が加味さ
れる事から、「後白河上皇」は、「王朝権
力」の「復興と強化」の願いと共に、
急速に台頭してきた「源平の武士」同士
の争いに翻弄される事が無いように願っ
た訳であり、こうして、「熊野三山の地」
は、「後白河上皇」の「心の拠り処」と
なっていったと言う事が、伺い知れる訳
なのです。
さて、本日は、「平安時代末期」に、「極
楽浄土」があるとされた「熊野三山」に
ほぼ毎年のように「詣で」をするように
なった事で知られる「後白河上皇」が、
その後「京都の地」にも「熊野三大社」
を勧請した「京都三熊野」を造営してま
で、「熊野詣」に傾倒したと言う事につ
いて、おさらいクイズにチャレンジ致し
ましょう!
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問題:「平安時代末期」の動乱の時代に、
台頭する「源平の武家」の「両勢力」と、
「対立と妥協」とを繰り返しながら、
「王朝権勢」の維持に努めた、「第77
代、後白河天皇」は、在位3年目の
1158年に、「皇子」に譲位し「第78
代、二条天皇」とし、自らは「上皇」と
なって「院政」を始め「治天の君」とな
り、と同時に「熊野三山詣」を毎年のよ
うに繰り返すようになったと言われてい
るそうです。
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さて、それでは、「後白河上皇」が、「京
都の地」にも「熊野詣」が出来るように
創建したと言われている「神社」で、現
在の「東大路通」に面し、「哲学の道」
の南側にある「神社」とは、どれでしょ
うか?
次のうちから選んで下さい。
1.新熊野神社
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250-新熊野神社1.jpg)
2.新日吉(いまひえ)神社
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250新日吉神社1.jpg)
3.熊野若王子(にゃくおうじ)神社
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250熊野若王子神社1.jpg)
4.高松神明神社
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250高松神明神社12.jpg)
↓↓↓↓↓答えはここから↓↓↓↓↓
【解説】
「熊野若王子神社(くまのにゃくおうじ
じんじゃ)」は、「京都、左京区、若王子
町」の、現在の「哲学の道」の南側にあ
る「神社」の事を言い、「1160年(永
暦元年)」に、「後白河上皇」が、「禅林
寺」の鎮守として「熊野権現」を「勧請」
して創建した事で知られている「神社」
の事を言います。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250熊野若王子神社1.jpg)
ちなみに、「若一王子(にゃくいちおう
じ)」とは、「神仏習合の神様」の事を言
うそうで、この「仏像」は「十一面観音」
であり、日本神話の最初に出てくる「天
照大神(あまてらすおおみのかみ)」あ
るいは「瓊々杵尊(ににぎのみこと)」
と同一視された神様の事を言うそうです。
「熊野若王子神社」が建立された後には、
「京都」の人々が「熊野詣」に行く前に、
必ずこの「神社」で身を清めてから出発
するようになったと言われています。
また、往復で「京都」から1ヶ月もかか
る「熊野三山詣」を簡略化するかたちで、
「京都」に設けられた「京都三熊野」と
は、この「熊野若王子神社」が、「熊野
那智大社」に対応したものであり、その
他「京都、新熊野神社」は「熊野本宮大
社」に対応し、「京都、熊野神社」は、
「熊野速玉大社」に対応して設けられた
と言う事になるそうです。
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250熊野若王子神社1.jpg)
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-250-新熊野神社1.jpg)
![](http://syokuiku6jika.jp/wp-content/uploads/2023/07/300-熊野神社.jpg)
こうして「平安時代末期」から「鎌倉時
代」、「南北朝時代」を経て「室町時代」
へと大変容する「激動の日本の歴史」に
おいて、「神仏」に対する人々の捉え方
は、それまでの「修行」と言う対象では
無くなり、「極楽浄土」へ向かう為の
「救い」と言う対象へと大変容したと言
う事になる訳なのです。
現在の「日本」を始め、「地球的規模」
で起きている「歴史的大変容」の様子を
見ていると、欧米に振り回される一方で、
ズタズタに「分断化」されてしまった現
在の「日本人」の中にも、正しい「神仏
のよすが」のようなものが、「今こそ必
要なのでは無いか!」と思う人も、比較
的数多くいるのではないか、とも思われ
る訳なのです。
↓↓↓↓↓↓↓答え↓↓↓↓↓↓↓
3.熊野若王子神社
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大阪市立大学の研究グループが、大豆
などに含まれるイソフラボンが肺気腫
や慢性気管支炎などの「COPD(慢性
閉塞性肺疾患)」の予防効果を有する
事を明らかにしました。
食Pro.お薦めの「大豆ミート」は、
少量摂取でも人にとって必須な「タン
パク質」「食物繊維」「核酸」などの栄
養素が摂取できるように、大豆の油脂
分を除いてから作っています。
必要な栄養素が原料大豆の約1.2倍
以上となり、濃縮された分だけ、多く
含まれています。
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たんぱく質が50g!(半分がたんぱ
く質です)
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