【食育クイズーVol.148】
あまり知られていませんが、日本で最初
に「西洋りんご」が栽培されたのは北海
道の「七飯町(ななえちょう)」です。
さて、この「七飯町」で江戸時代末期に
海外から苗木を取り寄せ、西洋式の農法
を日本で初めて行った人物は誰でしょう?
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1.エドウィン・ダン
2.川田龍吉
3.ラインハルト・ガルトネル
4.菊池楯衛
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【解説】七飯町(ななえちょう)は「日
本の西洋農業発祥の地」「近代農業発祥
の地」「西洋りんご発祥の地」などとい
われ、江戸時代末期に函館を訪れていた
プロシア(ドイツ)の商人ラインハルト・
ガルトネル(R.ガルトネル)がここで
農場を開き、プロシア式の農業を実践し
たことから始まっています。
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「和りんご」と「西洋りんご」
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日本に最初に伝わったりんごは、鑑賞用
の「ヒメリンゴ」で、平安時代に中国か
ら伝えられたといわれています。以来、
これらのりんごは「和りんご」と呼ばれ、
現在食用となっている西洋りんごとは区
別されています。
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ガルトネル農場について
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R.ガルトネルは、日本にはなかった洋梨、
グズベリー、カーレンツ、桜桃、ブドウ
などの苗木22種を海外から取り寄せ、
これまで日本では見られなかった西洋式
の大型農器具を持ち込み、七飯町の土地
約300万坪を借用して開墾・栽培に着
手しました。このとき、ガルトネルによ
って、日本で始めて西洋りんごも栽培さ
れました。
ところが明治3年になると、明治新政府
は日本が相次いで国交を結ばされた「列
強国」の植民地となることを恐れるよう
になり、ガルトネルを多額の賠償金を支
払って帰国させてしまいました。
その後ガルトネル農場は「七重官園」が
受け継ぎ、北海道開拓のため、さまざま
な作物の栽培試験を行ないました。その
先頭を切ったのが、明治政府が「開拓使」
として起用した、アメリカ人の獣医師で
あるエドウィン・ダン氏でした。ダン氏
はその後日本人女性と結婚し、日本に帰
化した人であり、優れた農業指導者とし
て、北海道の開拓や農業の近代化等に大
きな足跡残したことで知られている人物
です。
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「菊池楯衛」は、青森県のりんご栽培の
先駆者といわれる人物です。
菊池氏は「七重官園」でりんご栽培を学
び、それを青森県に伝え広めたことで、
青森県は日本を代表するりんごの産地と
なりました。
以上、七飯町から広まった日本の西洋り
んごは、「スターキング」、「つがる」、
「レッドゴールド」など、今でも七飯町
の風土が育てた名産品と言われています。
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「川田龍吉」と「男爵いも」
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「川田龍吉」は明治29年、父の急死に
よって「男爵」の爵位を継承しました。
その後川田氏は、イギリスやアメリカか
ら種イモを輸入し、七飯町の農場で試験
栽培を実施し、「早生白丸」「千貫穫」
「成田薯」などの早生イモが北海道の気
候に適し、収穫量も多く、病気にも強い
品種であることを発見し、近隣に広めま
した。これが後に「男爵いも」と命名さ
れました。
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3.ラインハルト・ガルトネル
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大阪市立大学の研究グループが、大豆な
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